有期労働契約における試用期間中の解雇が有効と判断された事例
判決情報
東京高等裁判所令和5年4月5日判決(判例タイムズ1516号88頁)
事案
Xは、Y社との間で労働契約を1年間とし、このうち当初の3か月間を試用期間とした労働契約を締結した。Y社がXを能力不足を理由に試用期間中に解雇したところ、Xは同解雇が無効である等として、労働契約上の地位にあることの確認等を求める訴訟を提起した。
X(控訴人)の主張
本件解雇は試用期間中の解雇であるから、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)であることを要するところ、さらに、本件労働契約は有期労働契約であるから、加えて、有期労働契約の期間途中の解雇として「やむを得ない事由」(労働契約法17条1項)を要する。しかるに、本件解雇には「客観的に合理的な理由」も「やむを得ない事由」も存在しないから、本件解雇は無効である。
Y社(被控訴人)の主張
本件解雇のような試用期間中の解雇について「やむを得ない事由」を要するとすれば、それは有期雇用契約における試用期間を実質的に否定するものであり、妥当ではない。また、仮に「やむを得ない事由」を要するとしても、被控訴人は控訴人を事務職員としての相応の能力を有すると想定して採用したが、実際にはその能力及び意欲を欠いており、度重なる注意や指導でも改善の見込みがなかったこと、被控訴人が従業員数8人ないし10人程度の小規模企業で、能力不足の従業員を雇用し続けるというのが客観的に困難であることなどからすると、本件解雇には「やむを得ない事由」があったというべきである。
判決の結論
解雇は有効である(原審も同旨)。
判決の理由要旨
本件労働契約には試用期間の定めがあるところ、本件解雇は試用期間中に行われたものであるから、これは、被控訴人に留保された解約権の行使として行われたものというべきである。
この点、使用者による試用期間経過後の労働者に対する留保解約権の行使は、本採用後の通常解雇より広い範囲で認められるべきであるが、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解するのが相当である(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決参照)。
また、有期労働契約における解雇は、労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」がある場合にのみ許されるところ、本件は、有期労働契約に設けられた試用期間中の解雇(留保解約権の行使)であるから、試用期間経過後の留保解約権の行使が認められる客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得るという上記の基準に加え、有期労働契約における解雇に要求される上記「やむを得ない事由」があることをも要するものと解される。ただし、本件で試用期間が設けられた(解約権が留保された)趣旨にも鑑み、また、試用期間中の解雇ではあるものの、上記「やむを得ない事由」の存否の判断は若干緩やかに行うことが相当である。
試用期間中の留保解約権の行使としてされた本件解雇には、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的な合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認されるものであり、かつ、本件では前記説示のとおり、解雇には労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」の存在が必要であるところ、先に述べた緩やかな判断を行うまでもなく、当該事由があったというべきである。
コメント
本判決は、期限の定めのある労働契約(有期労働契約)における試用期間中の解雇について判断の枠組みを示したものである。
有期労働契約の解雇の要件
労働契約法(労契法)は、有期労働契約の解雇に関して、「やむを得ない事由」がある場合なければなしえないと規定する(17条1項)。
もともと有期労働契約の解雇に「やむを得ない事由」が必要であるかは一義的に明確でなかったため、平成19年に成立した労契法において必要であることが明文化された。「やむを得ない事由」とは、期限の定めのない労働契約の解雇の有効要件である「(解雇に)客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合」(労契法16条)よりも厳格に解するべきとされる。
試用期間の意味
判例(リーディングケースとして最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・三菱樹脂事件)は、試用期間付き労働契約を解約権留保付きの契約として理解し、留保解約権の行使となる試用期間中の解雇あるいは試用期間経過後の解雇(本採用拒否)は、通常の解雇よりも広い範囲の解雇の自由が認められてしかるべきであるが、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合においてのみ許されるとしている。
有期労働契約の試用期間中の解雇には「やむを得ない事由」を要するか。
本判決では、試用期間が付された本件有期労働契約を「留保解約権付の雇用契約」とした上で、試用期間中の解雇について(1)留保解約権の行使が認められる客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合のみ許される、(2)試用期間中の解雇であっても、「やむを得ない事由」を要するが、その判断を「若干緩やかに」行うという判断基準を示した。もっとも、本件ではかかる緩やかな破断を行うまでもなく、「やむを得ない事由」があったというべきであるとした。
(1)については、従来の判例理論である留保解約権付の雇用契約の解約権行使の要件に従っている。(2)ついては、試用期間中の解雇の要件として「やむを得ない事由」を要するのかについては、学説上争いがあり、これを不要とする学説も存在するが(本訴におけるY社の主張でもある。)、本判決では必要とする見解に立っている。
「やむを得ない事由」の認定の仕方
試用期間中の解雇に「やむを得ない事由」が必要であるとしたとしても、どのような内容が求められるのか、試用期間経過後の解雇と同レベルのものが要求されるかがが問題となる。
本判決に先行する東京地裁平成25年1月31日判決(リーディング証券事件)は、有期労働契約の試用期間中の使用者による解約権(解雇権)の行使について、「やむを得ない事由」が必要とした上で、その意義は「雇用期間の満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由」であると判示している。これは、試用期間内とその後で同程度の「やむを得ない事由」が必要とする見解に立っていると思われる。また、本東京地裁判決は、「やむを得ない事由」のほか、判例理論を踏襲して解約権留保の趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されることが必要としている。
本件の東京高裁判決では、「やむを得ない事由」の一般的定義は示していないが、試用期間中の解雇については「若干緩やかに」行うことが相当とする判断基準を示しており、文言上は上記リーディング証券事件判決より範囲を緩和していると解される。
まとめ
本判決は、労働契約法施行後に学説がわかれている有期労働契約の試用期間中の解雇の要件に関し明示的判断を示しており、理論面で注目される。
もっとも、試用期間中の「やむを得ない事由」の範囲については、上記リーディング証券事件判決と本判決とでは理解の仕方が異なっており、今後の判例の確定を待つほかない。
いずれにしても、1年程度の有期労働契約であっても企業が試用期間を設け、当該期間中に労働者を解雇する事例が相当ある。判例が確定するまでは訴訟等で「やむを得ない事由」の必要性が争点となる可能性は高く、本判決は実務の参考となると思われる。